長野県の佐久地方、中仙道望月宿と芦田宿のちょうど中間点。旧中仙道沿いの昔ながらの街並。なんとなく時間がゆっくりと流れるようなたたずまいの中、お酒をゆっくり、ゆっくりと醸しております。

沿革・特徴


■沿革■

【創業の頃の絵図】

明治元年、武重徳左衛門(武重家十二代当主)が現在地に酒造の権利を得て開業し、昭和24年12月株式会社に改組しました。

【獲得した賞状の一部】

明治末期から大正時代の共進会に始まり、昭和14年、全国清酒品評会での優等賞受賞、長野県首位優勝旗授をはじめ、ほぼ毎年、長野県、関東信越国税局等での品評会に入賞および、幾度か首席優勝しております。

■特徴■

当社の方針(時代に応じた酒造り)

幸いなことに、戦中・戦後の酒の統制時代、配給時代、を通じて酒造を休むことなく続けてこられましたので、長野県の佐久から上田の地方にかけては昔からの愛飲家が多く、現在でも当社の製品を愛して下さるお客様がかなりいらっしゃいます。

当社も、このお客様の期待に応えるべく、良い製品を出荷することを社長の基本方針としています。現在の社長が約40年近く前に家業を継いだとき、このようなことを考えていました。
当時はこの地方は農業従事者が圧倒的に多かった。当時の酒の値段は、一日の日給でやっと酒が一本買えるか買えないか。今の酒の値段に較べて非常に高いものだった。

だから、一日の重労働を終えて一杯の酒を飲んだときに、たった一杯で「ああ旨かった」と満足できる酒を造りたかった。

たった一杯で満足できる酒は甘口だろう。だから御園竹は甘口で、味のある酒にしようと思った。

今は、酒の値段も相対的に下がり、農業をやっている人も少なくなってきました。その結果、いまでは御園竹も甘口ではなく、嗜好の変化に応じて平均的な辛さになってきました。しかし、端麗辛口傾向に迎合するのではなく、山廃酒を三割ほど添加することにより、地元の人の好む味のある酒として出荷しております。

時代の変化に応じた酒を製造し、商品として出荷することは企業の宿命ですが、酒に対する基本理念はいまでも変わっていません。

生もと造り

当社の特徴は、創業以来一年も休むことなく造り続けてきた 「生もと(きもと)造り」です。生もと造りは、昔ながらの製法を使い、時間をかけてじっくりと仕込む方法です。現在ではこの技術を継承している蔵は全国でも数十社しかないと言われています。現在の通常の仕込み方法では四週間ほどで出来てしまう酒を八週間程度かけてじっくりと仕込んでいます。「生もと造り」によって作られた酒は、いくら飲んでも飽きがこない、いわゆる「腰の強いさけ」です。

当社が「生もと造り」を続けているのは、二つの理由が有ります。

一つは、「御園竹の味」を残したいという想い、もう一つは、「生もと造り」という伝統技術を保存したいという想いからです。

経済的な理由(主に人手の問題)から、すべての酒を「生もと造り」で造ることはしていませんが、この酒は、レギュラー酒にも混和され、地元消費者の好む味を作り上げています。

伝統技術の保存という点では、本当の「生もと造り」には欠かせない木の暖気樽(だきだる)、半切桶(はんぎりおけ)を絶やさぬよう、樽や桶の材料となる木材を社長自ら買い付け、何年も枯らしておき、造りの季節には専門の桶職人を常駐させて、修理・作製を行っています。

「生もと造り」にこだわる当社の造りについて、周囲では、社長の道楽とも言われていますが、伝統を守り、味を守ることを、今後もかたくなまでに続けて行きたいと考えています。

「生もと造り」の商品としては、「牧水生もと本醸造」、「牧水生もと純米」があります。生もとならではの味のふくらみをぜひ一度お試しください。