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1994年11月
当社の門の前に、立科山の頂上近くから運んだ大きな岩に半紙大の御影石がはめ込まれ、そこに和歌が三首刻み込まれています。これは酒の歌人、若山牧水の歌です。
その三首の和歌の碑は、各種の書物で紹介され、名が通っているために、拓本をとりにくる人も多く、遠くは九州からこられたという人もありました。
石碑の持ち主は、通常、石碑を拓本にとられることをあまり喜びません。というのは、採拓家の中には不作法にも、石碑を墨でベタベタにし、紙を散らかしたままにする人もいるからです。しかし、牧水の歌碑の採拓にこられる方は、私の見る限りにおいては皆様それぞれ礼儀正しく、採拓も丁寧な方だけで、さすが和歌を愛し、酒を愛される方はかくあるのだな、と感じることが多いのです。
また、拓本を数多くとると石の彫った角が丸く、あまくなるのでいやだという所有者もいます。その点についても私は心配してはいません。というのは、原本がそのまま私の手元にあり、それを写真にして石屋さんに彫ってもらったものですから、同様に再び作りなおせばよいからです。作りなおすことを嫌うよりも、酒を愛好する方々が牧水と同じように御園竹を愛飲してくだされば、石碑に霊あらば本望ではないでしょうか。
その三首の歌の一つが人口に膾炙しているかの有名な「白玉の」という和歌です。
白玉の 歯にしみ通る 秋の夜の 酒はしづかに飲むべかりけり
秋の収穫も終わりに近づきました。今年の米の取れ具合も良さそうで、何となく心が落ちつきます。農家だけでない、日本人の誰に聞いても同じ答えが返るのは瑞穂の国(米作の国)の住民だからでしょう。
土用を越した秋の今頃は、酒が充分に成熟し美味しくなった時期です。どうか静かに秋の夜長をお楽しみください。
もうすぐ新米が入荷して、新酒の仕込みが始まります。今年はどんな酒ができるのでしょうか。
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