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1996年7月
季節感が薄れてきたといっても、初夏ともなれば、それにふさわしい季節感に充ちた食べ物がたくさんある。八十八夜をすぎると新茶がもてはやされ、魚屋の店頭にはもう少しすると初鰹が並ぶ。また、青臭い香りが賞味される莢豌豆(さやえんどう)なども初夏の味であろう。初夏というのはみずみずしい食物が食卓にならぶ時期なのである。
では日本酒はどうか、というと初夏から夏にかけては熟成の時期である。夏という明るいイメージとは正反対に、暗く涼しい蔵の中でひっそりと熟成を続けている。
新酒には独特の麹の香りがあって、それを賞味しない人が多い。麹の独特の香りがなくなるには、ある程度の温度と時間を必要とする。それが熟成期間であって、その間に丁寧に管理することによって、日本酒が上手に育って旨くなるのである。我々はそれに心霊を傾けているのである。
寒中に仕込まれた酒が、この熟成の最後の段階で土用を向かえる。土用は日本では一番に蒸し暑い時期なのである。この時期は外気の温度の影響を受けないように、昔から「夏蔵の管理」と呼び苦労したものである。
聞くところによると、夜中の十時頃貯蔵庫のタンクの上の天窓や下の地窓を全部開けて、夜の冷たい外気を入れ、朝六時頃にそれぞれを閉めて昼の熱気を遮断する酒蔵もあるそうだ。誠に合理的であろうが、今は室温管理より労務管理の方が大変であろうと想像される。
当社では、そんなことをしなくても大丈夫な蔵を、明治以前から建築してきた。御園竹便りのNo.1でも書いたが、当社の蔵は土蔵造りで、土の壁の厚さが三十cm近くあり、その中の柱との間にかいてある小米(こまい)が非常に丁寧で幾重にもなっている。その茅の小米が多くの空気の層を作って断熱効果を上げていたのである。そして屋根板の上も土壁と同じになっており、その上に二十cm程間をおいて泥板がおかれ瓦屋根がおかれている。この泥板と屋根瓦の間の空気層が断熱材となるのと同時に、冷風が通過するという、誠に巧妙な仕組みになっている。
このような蔵を持っているため、当社では梅雨に入る前の、まだ涼しい時期に冷気を充分蓄えておくだけで夏の暑い時期にも冷房装置無しで年中二十度くらいの温度が保たれているのである。実に、酒を造るにも、酒を貯蔵するにも理想的な環境である。
この蔵は、当社が存続する限り、引続き使用されるであろうし、それが今の御園竹や牧水の味の決め手となっていると思っている。
(常務より一言。社長がこう書いてしまうと、土蔵の酒蔵を壊すわけにはいきませんね。土蔵を維持するのは大変です。また、機械設備を入れるにしても、様々な制約を受けます。しかし、祖先から受け継いだ大いなる遺産を大切に守り、近代化できるところはし、土蔵や生もと造りなどの味に影響する部分は変えずに後世に伝えていきたいと思っています。)
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