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2000年12月
11月12日に杜氏一行が新潟からやってきて、今年も酒造りの季節に入った。造りに入る前に杜氏と今年はどんな酒を造るのか入念に打ち合わせをし、今年の方針を決めた。当社の特徴である「きもと造り」「山廃造り」を十分に打ち出していく予定である。
きもと造り、山廃造りという造りは、他の造りと一体どんな違いがあるのだろうか。細かく言うと限が無いが、一番違うのは「乳酸」の違いであろう。酒に乳酸、というと、何かしっくりこない感じがする人も多いであろう。しかしこれが、昔の人が経験的に築き上げて来た日本酒製法の最も優れた部分の一つである。
空気中にはいろいろな菌が存在している。ほとんどの菌はどちらかというと悪さをするほうの菌である。清酒酵母が増えやすい環境では他の雑菌も増えやすい。清酒酵母だけを上手に育てる手段が「乳酸」と「アルコール」なのである。
昔ながらの造りでは、まず米と麹に水を加え、良く擂り潰してペースト状にする。これを一日一℃ずつ温度を上げていくと、乳酸菌が繁殖し、乳酸が出てくる。だんだんと酒母が酸性になってくると、様々な雑菌は生きることができずに死んでいってしまう。そしてついには、乳酸菌自身も自分で出した酸に耐えられずに死んでしまう。ところが清酒酵母は酸に強いので清酒酵母だけはその中で生き残るのである。
清酒酵母が増えてくると、今度は清酒酵母が作り出したアルコールがあるため、他の菌はなかなか繁殖できなくなる。このようにして、昔から清酒は、無菌室といったような複雑な施設が無くても比較的安全に醸造できた。この方法が「きもと造り」である。
しかし、このきもと造りは非常に手間がかかる。一つ一つの酒母に対して二週間ほどかけて乳酸菌を増やしていくわけであるが、その間、暖気樽(だきだる)と呼ぶ、いわゆる湯たんぽを使って、毎日一℃ずつ温度を上げていかなければならない。これだけでも手間である。
そこで、戦後改良された醸造方法として「速醸(そくじょう)」法が出て来た。これは、酒母を造る際に、純粋培養された酵母と、あらかじめ造られた乳酸を一緒に入れてしまう方法である。これであれば乳酸菌を増やしていく時間が短縮できる。現在ではほとんどの清酒がこの方法で造られている。
当社でも全体の半分はきもとであるが、残りは速醸で造っている。コスト的に考えれば速醸の方が比較的安くできるが、やはり昔ながらの味を大切にしたいと思い、きもと造りをずっと続けているのである。
きもと造りの酒の特徴は、一つには比較的酸が強いこと。しかし自然に造られた酸のためであろうか、くどくなくやわらかな酸味があるような気がする。そしてもう一つは味が豊かなこと。これはアミノ酸が十分に造られているためである。この二つの点により、豊かでしっかりした味の酒になっているのである。
今回は触れられなかったが「きもと造り」「山廃造り」の違いについては機会を見て書くことにしたい。酒としてはほとんど違わないと思っている。
今年も年の瀬に入り、気ぜわしい時期となった。旨い酒をゆっくり飲んで、明日の英気を養っていただきたい。
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