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1998年5月
今年の造りも無事に終わった。全ての酒は火入れがすまされ、熟成期間に入る。以前もお話ししたが、当社の蔵は一尺近い厚みの土壁の土蔵、いわば天然の冷蔵庫であり、蔵内の温度は盛夏でも二十三℃を越えることがない。
しかし吟醸などの上級酒になると、もっと低い温度で貯蔵することが望ましい。そこで、当社では昭和三十年頃に地下の貯蔵庫を作った。地下にある室(ムロ)を大きくした様なものである。この貯蔵庫では、一年を通じて、十五℃前後の温度に保たれる。しばらくの間は、この室に大吟醸を少量ずつ囲っていたものである。
大吟醸という酒は非常に微妙な香りと味のバランスが重要であるため、貯蔵温度の影響を受けやすい。当時は大吟醸は売り物ではなく、春に出来上がった大吟醸を秋の鑑評会までの間、如何に上手に熟成させるのかが、勝負所であった。当時の基準としては、この地下貯蔵庫は理想的な貯蔵場所であった。
しかし時代の趨勢とでもいうのであろうか、高級酒嗜好が急速に広まった。値段は高くても良いから特徴のある酒を、と考える消費者が出てきた。昭和五十年代になると、大吟醸も商品として発売することとなった。
量が増えると、小さな地下貯蔵庫では間に合わない。今であればプレハブの冷蔵庫が簡単に作れるが、当時はそういうわけにはいかない。卸商品のビールを冷やすための一畳位の冷蔵庫を手作りで作り上げるのが精一杯の頃である。困っていたところ、救う神は思わぬ所から現れた。海上コンテナという代物である。
南の海で漁獲された魚はそのままでは日本に着くころには腐ってしまう。巨大な冷凍庫へ入れ、冷蔵庫ごと市場まで運ばれてくるのである。そういった用途向けに、冷却装置が組み込まれたコンテナが開発された。これを使えば船から車へ積み替えずに魚河岸まで届く。
十年ほど前であろうか、中古のコンテナが売りに出されたのに目を付け、二つ購入し、これを酒の冷蔵貯蔵設備に使うことにした。コンテナ本体は壊れるところがないので、冷却装置だけを新しく作り替えて強大な冷蔵庫として使うこととなった。
もともと冷蔵庫というより冷凍庫であったので、0℃前後の貯蔵にはうってつけである。それからは、大吟醸は瓶詰めしたもの数千本を全てコンテナで貯蔵している。それだけ入れてもコンテナーの半分くらいしか埋まらない。
十分な余裕があるので、生酒も大量に貯蔵できる。瓶詰め前の生酒は小さなタンクごと冷蔵することができるのである。当社の生酒は火入れをしない本当の生酒である。こういった酒を、品質の劣化の心配なく皆様に出荷できるのも、このコンテナーのお陰である。
しかし、最近では生酒の出荷量が増え、コンテナー冷蔵庫だけでは間に合わなくなってきた。今、コンテナーを増やすか、プレハブの冷蔵庫を作るか悩んでいるところである。というのも、このコンテナーを会社に運び込むまでには一騒動あったからである。
なにせ、当社には、やっかいもん(もの)、困ったもん(もの)があるからである。皆様良くご存じの、旧中仙道に面した、あの門である。これに関してはいろいろとエピソードがあるので、次回のお楽しみとさせていただくことにする。
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