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2000年11月
前号でもお話ししたように、秋になり、春先に出揃った新酒も熟成し、順々に製品となって出荷されている。その最後の商品として「貴醸酒」というタイプの商品を発売する運びとなった。
このお酒は、製法を一口で言うと、「仕込み水の代りにお酒を使って仕込んだお酒」である。味の特徴としては「甘みの強い、とろりとした酒」である。
このお酒の製法は比較的新しく、国税庁醸造試験所(現:国税庁醸造研究所、平成十三年四月よりは独立行政法人酒類総合研究所)において、約三十年ほど前に開発されたものである。
ワインがお好きな方ならご存知であろうが、とても珍しいワインとして「貴腐ワイン」がある。これは、極稀に葡萄に「貴腐菌」と呼ばれるカビがつくことがある。この菌がついた葡萄は水分が少なくなり、結果として非常に糖分が濃縮されたジュースができる。このジュースを醗酵させて出来たのが、非常に甘味の強い「貴腐ワイン」である。
貴腐ワインと似たタイプの日本酒が「貴醸酒」である。
普通の醸造法では、麹の酵素により米の澱粉が糖分に変る速度と、酵母が糖分をアルコールに変えて行く(アルコール醗酵)速度がバランスがとれている。しかし、仕込み水の代りに清酒を使って仕込むとと、醗酵の始めからアルコール分があるため、アルコール醗酵が非常に緩やかになる。従って酒の中に米の糖分がたくさん残り、結果として非常に甘味の強い日本酒が出来あがる。これが貴醸酒である。
すでに三十年ほど前から「貴醸酒協会」が設立され、全国で数十社が貴醸酒を作っている。後発メーカーとして、当社では、ここにもう一ひねり加えた。ただ甘いだけのお酒では特徴がない。そこで当社の「きもと・山廃造り」の技を十分に盛りこんで誰も真似できないタイプの貴醸酒を造った。
まず、酒母として山廃酒母を使い十分に酸を出し、加えたお酒も山廃の酸味を生かした純米酒「牧水 極」。甘いだけでなく、酸味が効いたバランスの酒に仕上がった。
当社がこのお酒を醸造したのは、「濃い酒」を造りたかったこと、そして「熟成によって旨くなる酒」を造りたかったことの二点である。
良い貴醸酒は、三年〜五年程度熟成させると、色が琥珀色に輝き、複雑な味わいが生まれてくる。さらに上手に熟成させ十年経つと、非常に風格のある酒になるようである。今年の五月頃にも、広島の榎酒造の貴醸酒がニューヨークタイムスで絶賛されていた。
本来ならば五年後に売り始めるのが良いのだろうが、現在のもの(醸造から半年程度経ったもの)も、熟成した酒とは別に、新しい酒ならではの味わいがある。そこで、敢えて熟成する前の酒を発売することにしたのである。もちろん大部分はいろいろな方法で熟成させるつもりで今研究中である。
九月以降、いろいろな場所で貴醸酒を試飲してもらった。結構評判が良く、どちらかというと女性の方が気に入ってくれたようである。製法上コストがかかるため、かなり価格が高くなってしまうのが難点だが、たくさん呑むお酒ではない。食前酒、デザート酒、そして寝酒に、少量をじっくり味わっていただきたい。パーティーに持ち寄るお酒の一つとしても面白いのではないだろうか。
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