静寂の余白に香りが満ちる「紫式部モダニズム」
――繊細にして深遠、融けあう美学
深い木々の中、中山道の旧道沿いにある昔ながらの街並みに武重本家酒造は佇んでいます。明治元年の創業以来、丹念にお酒を醸し、伝統の生酛造りを守り続けてきました。このたび、150年の時を超える土壌から新機軸の純米吟醸酒「紫式部モダニズム」が誕生します。
武重本家酒造が目指したのは、単なる古典の引用ではなく、紫式部が『源氏物語』で描いた「もののあはれ」という繊細な感情や深遠な世界観を現代に昇華させる"モダニズム"の創造です。
この純米吟醸酒は、4つの確かな軸の上に成り立っています。
長野県産の酒米と蓼科山の伏流水、信濃の冷涼な気候が織り成す「自然」の恩恵。長い年月で培われた甘味・酸味・うま味のバランスに焦点を当てた「調和」する妙味。創業以来受け継がれてきた丁寧な手仕事による生酛造りを始めとした「繊細」なる技。そして、喉を通った後に長く残る「余韻」。
これら4つの軸が、紫式部が描いた千年もの時を超えた美学と融合し、新しい物語を紡ぎます。それが、古典の美意識を現代の日本酒に吹き込んだ「Dayflower」「なよ竹」「Hollyhock」の3つのラインです。
Dayflower ――移ろいと儚さと
「Dayflower」とは、つゆくさの英名です。美しい青い花弁が特徴的なつゆくさは、鮮やかながら淡く紫がかった青色の「つきくさ色」の染め物として平安時代より貴族の装いを彩ってきました。しかし水に弱く色が落ちやすい性質から、古典においては「移ろいやすさ」や「儚さ」の象徴とされ、人の心の機微を描写する際にも用いられています。
華やかな人々が織り成す物語『源氏物語』は、人の無情や愛の終わり、栄華の衰退といった「もののあはれ」が深く描かれています。この作品世界と、つゆくさのモチーフが持つ無常観は深く共鳴します。
「Dayflower」は、華やかな香りとともに甘酸っぱさが花開き、まるで栄華を思わせる味わいが煌びやかに広がります。しかしその輝きは長く留まらず、やがて儚く消えていく淡い余韻を残して静かに幕を閉じます。移ろいと儚さ、その二律背反の美学を閉じ込めたお酒に仕上げました。
なよ竹 ――静謐な強さを閉じ込めて
紫式部が「物語の出で来はじめの祖(おや)なる竹取の翁」と称した、日本最古の物語とされる『竹取物語』。竹から生まれた女の子は「なよ竹のかぐや姫」と名付けられました。
「なよ竹」とは、細くしなやかな竹のこと。しっかりと芯を持ちながらも繊細なその姿は、竹の神秘性やかぐや姫の清らかさを強調する表現です。それは、紫式部が生きた時代の貴人を思わせるものであり、『源氏物語』においては、しなやかで優美、そして運命に立ち向かう静かな強さの象徴として描かれています。
武重本家酒造が醸した「なよ竹」は、まさに静謐な強さを感じさせるお酒です。すっと流れるような口当たりと香り、芯の通ったうま味、ふんわりと広がる甘味、そして竹林の静けさを思わせる澄み切った余韻。穏やかながらも揺るぎない存在感を放ちます。
Hollyhock ――光に向く立葵のように
「Hollyhock」とは「立葵(たちあおい)」のことで、太陽をまっすぐ追う姿から仰日草とも呼ばれます。この立葵は、紫式部が描く玉鬘の巻において、蛍兵部卿宮への返歌に登場します。それは「心もて光にむかふあふひだに朝おく霜をおのれやは消つ」という、抗いがたい運命に翻弄される切ない心情を歌ったものです。
太陽に向き、青空を目指して伸びる前向きな姿と、同時に抗えない苦難を背負う切なくも美しい姿。立葵というモチーフには「光を慕う心」と「運命に抗えない現実」という、繊細で複雑なテーマが重なります。
「Hollyhock」は、そんな深みのある味わいを閉じ込めました。軽やかな甘味とどっしりとしたうま味が口の中に満ち、最後には青天の中で伸びやかに咲く立葵のように、すがすがしい余韻が続きます。じんわりと広がる味わいの変化は、物語の劇的な展開のように、喉を通った後にも忘れられない印象的な存在として記憶されることでしょう。
千年の雅を酒器に注いで
「紫式部モダニズム」は、古典の美意識と紫式部の深遠な世界観、漂う美学を現代の日本酒に吹き込んだ、新しいコンセプトのお酒です。
選りすぐりの酒器につぎ、その味わいに心を傾けるひとときに、遙か千年もの昔、紫式部が感じた「もののあはれ」の情景へと思いを馳せてみてはいかがでしょうか。